城あとのおおばこの実は結び、赤つめ草の花は枯かれて焦茶色になって、畑の粟は刈りとられ、畑のすみから一寸と顔を出した野鼠はびっくりしたように又急いで穴の中へひっこむ。 崖やほりには、まばゆい銀のすすきの穂が、いちめん風に波立っている。 その城あとのまん中の、小さな四っ角山の上に、めくらぶどうのやぶがあってその実がすっかり熟している
水仙月の4日 雪婆ゆきばんごは、遠くへ出かけて居をりました。 猫ねこのやうな耳をもち、ぼやぼやした灰いろの髪をした雪婆んごは、西の山脈の、ちぢれたぎらぎらの雲を越えて、遠くへでかけてゐたのです。 ひとりの子供が、赤い毛布けつとにくるまつて、しきりにカリメラのことを考へながら、大きな象の頭のかたちをした、雪丘の裾すそを、せかせかうちの方へ急いで居りました。 (そら、新聞紙しんぶんがみを尖とがつたかたちに巻いて、ふうふうと吹くと、炭からまるで青火が燃える。ぼくはカリメラ鍋なべに赤砂糖を一つまみ入れて、それからザラメを一つまみ入れる。水をたして、あとはくつくつくつと煮るんだ。)ほんたうにもう一生けん命、こどもはカリメラのことを考へながらうちの方へ急いでゐました。 水仙月の4日
耕耘部の時計 農場の耕耘部の農夫室は、雪からの反射で白びかりがいっぱいでした。 まん中の大きな釜からは湯気が盛んにたち、農夫たちはもう食事もすんで、脚絆を巻いたり藁沓をはいたり、はたらきに出る支度をしてゐました。 俄かに戸があいて、赤い毛布けっとでこさへたシャツを着た若い血色のいゝ男がはひって来ました。 みんなは一ぺんにそっちを見ました。 耕耘部の時計
ある農学生の日誌 ぼくは人を軽べつするかそうでなければ妬むことしかできないやつらはいちばん卑怯なものだと思う。ぼくのように働いている仲間よ、仲間よ、ぼくたちはこんな卑怯さを世界から無くしてしまおうでないか。 ある農学生の日誌
谷 楢渡のとこの崖がけはまっ赤でした。 それにひどく深くて急でしたからのぞいて見ると全くくるくるするのでした。 谷底には水もなんにもなくてたゞ青い梢と白樺などの幹が短く見えるだけでした谷
烏の北斗七星 つめたいいぢの悪い雲が、地べたにすれすれに垂れましたので、野はらは雪のあかりだか、日のあかりだか判わからないやうになりました。 烏からすの義勇艦隊は、その雲に圧おしつけられて、しかたなくちよつとの間、亜鉛とたんの板をひろげたやうな雪の田圃たんぼのうへに横にならんで仮泊といふことをやりました。烏の北斗七星
イギリス海岸 夏休みの十五日の農場実習の間に、私どもがイギリス海岸とあだ名をつけて、二日か三日ごと、仕事が一きりつくたびに、よく遊びに行った処ところがありました。 それは本たうは海岸ではなくて、いかにも海岸の風をした川の岸です。北上きたかみ川の西岸でした。東の仙人せんにん峠から、遠野を通り土沢を過ぎ、北上山地を横截よこぎって来る冷たい猿さるヶ石いし川の、北上川への落合から、少し下流の西岸でした。 イギリス海岸
よだかの星 よだかは醜い鳥です。あるひ鷹がやってきて明日までに名前を変えろと言われます。よだかは遠いところに行く決心をして、巣を飛び出しました。 はたして? よだかの星 |