山川方夫「夏の葬列」村 海岸の小さな町の駅に降りて、彼はしばらくは山川方夫「夏の葬列」
「足袋」島崎藤村 「一人二役」江戸川乱歩「比佐ひささんも好いけれど、アスが太過ぎる……」 仙台名影町なかげまちの吉田屋という旅人宿兼下宿の奥二階で、そこからある学校へ通っている年の若い教師の客をつかまえて、頬辺ほっぺたの紅い宿の娘がそんなことを言って笑った。シとスと取違えた訛なまりのある仙台弁で。足袋 島崎藤村
「一人二役」江戸川乱歩 人間、退屈すると、何を始めるか知れたものではないね。 僕の知人にTという男があった。型の如く無職の遊民ゆうみんだ。大して金がある訳わけではないが、まず食うには困らない。ピアノと、蓄音器ちくおんきと、ダンスと、芝居と、活動写真と、そして遊里の巷ちまた、その辺をグルグル廻まわって暮している様な男だった 一人二役 江戸川乱歩
銀河鉄道の夜 九、ジョバンニの切符 「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」 窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟ばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼めもさめるような、青宝玉と黄玉の大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。 銀河鉄道の夜九ジョバンニの切符
銀河鉄道の夜 八、鳥を捕とる人 「ここへかけてもようございますか。」 がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。 それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛かけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。 銀河鉄道の夜八鳥を捕る人
月夜のけだもの 十日の月が西の煉瓦塀にかくれるまで、もう一時間しかありませんでした。 その青じろい月の明りを浴びて、獅子は檻をりのなかをのそのそあるいて居をりましたが、ほかのけだものどもは、頭をまげて前あしにのせたり、横にごろっとねころんだりしづかに睡ってゐました。夜中まで檻の中をうろうろうろうろしてゐた狐さへ、をかしな顔をしてねむってゐるやうでした。 わたくしは獅子の檻のところに戻って来て前のベンチにこしかけました。 月夜のけだもの
床屋 本郷区菊坂町 ※ 九時過ぎたので、床屋の弟子の微かな疲れと睡気がふっと青白く鏡にかゝり、 室は何だかがらんとしてゐる 「おれは小さい時分何でも馬のバリカンで刈られたことがあるな。」 「えゝ、ございませう。あのバリカンは今でも中国の方ではみな使って居ります。」 「床屋で?」 「さうです。」 「それははじて聞いたな。」 「大阪でも前は矢張りあれを使ひました。今でも普通のと半々位でせう。」 「さうかな。」 「お郷国はどちらで居らっしゃいますか。」 「岩手県だ。」 「はあ、やはり前はあいつを使ひましたんですか。」 「いゝや、床屋ぢゃ使はなかったよ。俺は大抵野原で頭を刈って貰ったのだ。」 「はあ、なるほど。あれは原理は普通のと変って居りませんがね。 一方の歯しか動かないので。」 「それはさうだらう。両方動いちゃだめだ。」 「えゝ、噛っちまひます。」 床屋
ガドルフの百合 ハックニー馬のしっぽのような、巫戯た楊の並木と陶製の白い空との下を、みじめな旅のガドルフは、力いっぱい、朝からつづけて歩いて居りました。 それにただ十六哩だという次の町が、まだ一向見えても来なければ、けはいもしませんでした。 (楊がまっ青に光ったり、ブリキの葉に変ったり、どこまで人をばかにするのだ。殊にその青いときは、まるで砒素をつかった下等の顔料のおもちゃじゃないか。) ガドルフはこんなことを考えながら、ぶりぶり憤って歩きました。 それに俄かに雲が重くなったのです。 ガドルフの百合
山男の4月 山男は、金いろの眼を皿のようにし、せなかをかがめて、にしね山のひのき林のなかを、兎をねらってあるいていました。 ところが、兎はとれないで、山鳥がとれたのです。 それは山鳥が、びっくりして飛びあがるとこへ、山男が両手をちぢめて、鉄砲だまのようにからだを投げつけたものですから、山鳥ははんぶん潰れてしまいました。 山男は顔をまっ赤にし、大きな口をにやにやまげてよろこんで、そのぐったり首を垂れた山鳥を、ぶらぶら振りまわしながら森から出てきました。 山男の4月
氷河鼠の毛皮 汽缶車はもうすっかり支度ができて暖そうな湯気を吐き、客車にはみな明るく電燈がともり、赤いカーテンもおろされて、プラットホームにまっすぐにならびました。 『ベーリング行、午後八時発車、ベーリング行。』一人の駅夫が高く叫びながら待合室に入って来ました。(10年前録音、音があまりよくありません) 氷河鼠の毛皮 |